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皆様、今晩は❣️ おはようかな⁉️

今、午前4時。
月はやや南に近い東の空高く
冴え冴えと輝き、文化の日に
亡くなった縁薄き産みの母を
思い出させるかのようにまだ
暗い夜空を見渡しています。

ジュリーが家に入りそびれて
また遠出したらしく、探しに
出た私ですが、ふいに24年前、
肝臓癌の為、59歳という若さで
この世を去った産みの母を思い、
切なくなってしまいました。

母が恋しくて切ないというより、
ジュリーの安否が心配でならず、
もう1時間以上、近所を捜索して
歩いている内に、この時間の
町の寂しさまでひしひしと胸に
迫って来て、孤独でいっぱいに
なった私なのであります。

夜露に濡れ、ジュリーはどこを
彷徨い歩いているのでしょうか?

24年前、母が息をひきとった時、
私は大風邪を引き、高熱で苦しみ、
駆けつけることも出来ず、さらに
その三日後の葬儀にも、舞台の為、
出席出来なかった程の縁の薄さを
お互いに運命と割り切っていた
母と娘にとっては、人が思う程の
哀しみは感じられなかったように
思えることが、今は哀しく思えます。

あ❣️ジュリーが帰って来ました😻

人間でも動物でも一緒に暮らして
いる者同士の方が血の繋がりより、
愛情が深くなるものですよね💖

でも、私を置いて行くことになる
運命でも産まなければならなかった
母の思いを想像すると、どんなに
気丈な母であっても、泣く泣く私に
別れを告げたのだろうと思い起こし、
毎年、命日の時だけは胸が痛みます。

祖母が母と思っていましたから、
一度も、産みの母をお母さんと
呼んだことはありませんが、生前
温泉に連れて行ってあげたことも
あるし、決して恨んだりしたことも
なく、良好な関係ではありました。

ただ、本当に縁が薄いなぁと感じる
毎年の命日の変わらぬ思いなのです。

お母さんと呼べなかった母の命日の
今日、私を産んでくれたことへの
感謝を込めて、季節はずれの赤い
カーネーションを捧げましょう💐

あ、ブログを書いてる内にまたもや
しらじらと夜が明けてしまいました。

さあ、お風呂に入って寝るとします。

ジュリー、待っててね💕

皆様、最後まで読んでくださり、
ありがとうございました😊❣️

おやすみなさい😴💤

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