カテゴリ: 毎日が記念日


ハッピーバースデー⑥20150724















皆様、今晩は。

先週の3月17日が命日で、
今日25日が生誕日という
祖母は、あと1週間で
91歳を迎える前に90歳で
残念乍ら亡くなりました。

でも、短命だった父と母に
代わり、私を育ててくれた
祖母を、私も心ゆくまで
介護出来たことは、本当に
私の人生の中で1番誇れる
こととして、想い出という
宝箱にしまってあります。

生前、特別なお祝いごとは
縁起を担ぎ、何一つ行わず、
その代わり、誕生日の日に
だけは、ささやかに外食を
しに出掛けていた私たちの
過ごして来た月日は何にも
代え難い絆で結ばれた固い
糸で出来た節目を、静かに
祝うものでありましたから、
特別に大袈裟なお祝いなど
全く必要なかったのでした。

でも、米寿と卒寿くらいは
みんなにも祝ってもらえば
よかったかしら?と、時々、
思い起こす時もありますが、
毎日が幸せだと口癖のよう
に言ってくれた祖母の顔が
こうして浮かんで来る度に、
祖母から表彰状を授かって
いるような誇らしい気持ち
になる私なのでございます。

生きていたら107才になる
祖母に見守られて、今日も
健やかに生きる私がいます。

おばあちゃん、おめでとう。
そして、ありがとう💕🍰


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三月のイラスト
















皆様、今晩は。

今月も残すところ、
あと10日となりました。

ふと、三月という月を
振り返ってみますと、
一年の中で一番色々な事が
起きる月かもしれないと
思い、書き留めてみました。

一般的には卒業シーズンと
いうことで、別れとか、
旅立ちに関することが多く、
その象意は生死にまで及び、
東日本大震災やサリン事件、
東京大空襲等の歴史に残る
カタストロフも多いのが
特徴で、私の人生に於ても、
災厄が集中している月とも
言える三月なのであります。

三月の「さ」は災難の「さ」、
障りの「さ」、惨事の「さ」、
騒がしい・寂しいの「さ」、
さよならの「さ」等の言葉
を連想させますが、同時に
幸の「さ」、爽やかの「さ」、
咲くの「さ」に救われます。

遠い昔、父の後を追って
死のうとしたのも三月、
長い闘病生活の末に倒れ、
死に損なったのも三月、
祖母を始めとする大切な
人々との永遠の別れも三月、

「さよならはまだよ!」と、
叫びたくなるほど、寂しい
別れが多い三月なのです。

叫びの「さ」もありました。

でも、幸の「さ」を信じて、
咲くの「さ」を信じて、
七転び八起きで「まだよ」
と、歌の道を40年もの間、
ひっそりと歩き続けて来た
私の人生の集大成として、
ささやか・爽やかの「さ」
で「さよならはまだよ」と、
昨年末にデビュー40周年の
記念CDをリリースさせて
頂いたという訳であります。

当たり前のことでしょうが、
毎年、生きていれば、必ず、
記念日は増えて行きます。

私にとっての三月の「さ」
をまとめると、再起再生の
「さ」なのかもしれません。

緊急事態宣言が解除され、
仕事が再開され、人々との
嬉しい再会が出来ますよう、
「さよならはまだよ」と、
歌で呼びかけるつもりです。

27日は小岩音曲堂さんでの
ミニライヴで、皆様と再会
出来ますことを、楽しみに
心よりお待ちしております。

あとの10日間、どうか良い
事だけが記念日となるよう、
幸の「さ」の三月を念じて
頑張りたいと思っています。

皆様にも幸多かれと祈り、
今日のブログを終わります。


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開店祝いの花






















皆様、今晩は。

26年前の1995年3月20日㈪、
いつもお世話になっている
知人の部下の方のお母様が
新宿に和食の店をオープン
なさるということで、その
開店祝いに招待された私は、
サリン事件があったことも
知らずに、確か都営新宿線
で新宿へと向かい、その内
ただならぬ気配を感じつつ、
駅西口のタクシー乗り場に
着いたところ、長蛇の列で、
タクシーは1台もおらず、
救急車のサイレンの音が
鳴り響くだけで、公衆電話
の前にも沢山の人々が並び、
何か事件があったらしいと
察知してから、約2時間程、
タクシーを待って、やっと
開店祝いに駆けつけたのが
19時半を回った頃で、皆が
店に設置してあるテレビを
見ながら、テロだか何かが
あったらしい…と、話して
いたところへ鮮やかな紫の
洋服を着た私が登場すると、
おおーっ!…っと、一気に
場の空気が宴会の雰囲気に
変わって、いつものように
また盛り上がったのでした。

実はその時、倒れる寸前で、
タクシー乗り場で2時間も
立っていたものですから、
足はつり、腹痛はどんどん
痛みが激しくなり、それは
私にとって、サリン事件に
匹敵するような事件でした。

その3日後、病院に運ばれ、
翌日、緊急で手術をした私。

もし担当医が違っていたら、
少しでも手術が遅れたなら、
この26年という月日は幻と
なっていたことでしょう💧。

生かせてもらったことへの
感謝を忘れずに、オマケの
人生を頑張って生き抜いて
来た私が作った渾身の作品、
くさよならはまだよ>には
そんな私の生き様も描かれ、
同じように、色々な災難と
闘っている方々への応援の
気持ちも込められています。

昨年は、25年という節目に、
新型コロナウィルス騒動の
せいで、忘れられてしまい、
今年もあまり話題にならず、
風化されて行きそうな気配
を感じますが、あのような
惨い事件が繰り返されない
為にも私たちが語り継いで
行かなければならないこと
と、改めて思わされました。

26年前の今日、別の苦しみ
を味わいながらも、事件に
巻き込まれずに運よく命を
永らえることが出来た私の
忘れられない祈念の一日が
間も無く終わるところです。

春分の日だったんですね…

改めまして犠牲になられた
皆様のご冥福を心より祈り、
今もまだ後遺症に苦しんで
おられる皆様にお見舞いを
申し上げたいと思います💐

さよならはまだよ。


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