カテゴリ: 想い出の小箱

白い壁白い階段小さな窓の青空









皆様、今晩は。

今日10月30日は父の命日。

52歳で他界した父を追って
死のうとした娘は、その後、
歌に命を救われ、こうして
今も、縁あって出会った
心ある人々の情けと歌とに
支えられ、生き続けています。

今夜は父の好きだった
自然薯のマグロ山かけと
肉豆腐を作り、供養しました。

父にとって、私は遅く出来た
たった一人の娘でしたから、
亡くなる時はどれだけの
無念さを抱いて逝ったかと
思うと、今も胸が痛みます。

優しくて、強く、立派な父を
尊敬しながら育ったことは
私にとって幸せな幼少期で、
そのお陰で、私は自分に今も
誇りが持てるのだと思います。

改めて父の愛情に感謝すると
同時に、こんな私を理解し、
応援して下さる皆様に心から
感謝を申し上げたい今日です。

父の命日の今日に、父からの
皆様への感謝も添えて💖



    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

桜2014320











皆様、今晩は。

「毎日ブログを更新しています!」
…と、固定ツイートなどで謳って
おきながら、昨年あたりから
忙しくて、全く更新出来ないまま、
ご心配をおかけしておりましたが、
昨日、やっと時間が出来まして、
久々のタメブロを投稿致しました。

でも、また間が空いてしまうことも
あるかもしれませんが、こんな風に
まとめて投稿するかもしれないので
時々はチェックしに来てくださいね。

今日3月17日は、祖母の命日。

平成17年に天国へ旅立ってから
あっという間に13年が経ちました。

その間、色々な人たちとの出会いと
別れがあり、喜びと悲しみを沢山
味わいながら今日まで生きて来て
思ったことは、涙はどんな時も熱く
渇いた心を湿らせ、生きる力水にも
なるのだということでありました

ところで、今年の彼岸の入りは
中日である春分の日が21日なので、
18日になる訳ですが、その年に
よって、20日が中日の時もあり、
そうすると、彼岸の入りは17日に
なりますから、祖母が亡くなった
年もそういったことで、めでたくも
命日が彼岸の入りとなりました(笑)

昔から徳のある人は彼岸の最中に
亡くなると言われておりますが、
祖母も、若い時から大変な苦労を
背負い、壮絶な人生を歩んで来たと
聞いており、その分、父と同じく、
人には情け深く、沢山の友人知人を
助け、身を粉にして働いて来たので、
彼岸に旅立てたのだと思えるのです。

仕事柄、沢山の方々の葬儀に参列、
その方々の最期のお顔を拝顔して
お見送りして来た私ですけれども、
私の祖母くらい福々しく美しい顔は
今までに見たことはございません。

祖母も私も、貧しく慎ましやかな
人生を歩んで来た訳ですけれども、
壮絶ながらも、楽しい介護を送れた
あの日々はどんな勲章よりも立派な
ご褒美を受け取れるだけの誇り高き
心と命を育んだ大切な期間でした。

あれから13年…

祖母の介護と仕事とで毎日2時間も
睡眠が摂れなかったあの頃と、然程
変わらない貧乏暮らしを続けている
今の私ですが、周りの人たちの愛に
助けられて、何とか頑張っているよ
…と、とりあえず、仏壇の祖母の
位牌と遺影に報告してまいりました。

「私は幸せだ」と常に言ってくれた
祖母が永眠する直前の最期の言葉は
「あんたも寝なさい」…(笑)でした。

寝る時間が無かった私を気遣っての
やさしい宝のような最期のひと言。

そうしたいのだけど、今日も徹夜に
なりそうな程、用事が溜まっており、
本当はブログなど書いている暇は
無いのですが、祖母の命日にせめて
祖母の思い出話をさせて頂くことで
供養になるのではないかとも思い、
久々に、長々と綴らせて頂きました。

皆様、最後までお読み頂きまして、
ありがとうございました<(_ _)>

ひなびた温泉での想い出の写真。
img057





    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

0429859a.jpg




















今日2月13日はイムさんのお誕生日。
なのに、イムさんはいない…

先月、帰らぬ人となったイムさんに
逢いたくて逢いたくてたまらない…

神様はどうして私の大切な人たちを
私から奪い去って行くのでしょう?

7e67345c.jpg



















昨年、日本に事務所を構え、新しい
奥様と、新しい事業を始めようと
していた矢先に癌の転移が見つかり、
あっけなく天国に召されてしまった
イムさんにもう一度逢いたいのです。

お誕生日おめでとう💖と言って、
ハグしたいのです。イムさん…

2011_1127_214919-CIMG4845













「手をつなごう」を世界に弘めよう、
「今年は韓国で2度目のコンサート」、
「東京を中心にライブ」をしながら、
「紅白出場」に向けて活動をしよう、
きちんとした組織の後援会を作ろう、
等と、瞳を輝かせ、こんな私の為に
色々と企画を練ってくださっていた
雑誌・音楽イベントプロデューサー
『イム・チョルシク』さんに、もう
逢えないなんて信じられないのです。

img097













私がこんなに辛いのだから、奥様は
どれだけ辛く悲しいことでしょう…


訃報と同時に届いた年賀状には
昨年結婚したばかりのお二人の
ウェディングの際の仲睦まじい
写真が4枚レイアウトされており、
思わず号泣してしまいました…

幸せそうなその写真が悲しみを皆に
伝えるものとして存在することに
なろうとは…運命の残酷さを身近に
教わったやりきれない知らせでした。

36B74321-1B9B-4244-8222-2843A835037B

























イムさんの死と共に、私の夢もまた

1つ消えたかのように思いましたが、
年の数が増えて行かないイムさんの
誕生日を迎えた今日、私の胸の中で
イムさんが生き続けている限り、
イムさんが遺してくれた情熱の灯が
私の夢をいざなってくれるという
確信をやっと心に燈せたのでした。

だけども、まだあの懐っこい笑顔で
突然現れ、ギュッとハグしてくれる
…そんな気がしてならないのです。

逢いたい…逢いたいよ、イムさん!

2011年11月 韓国クンポ市
イムさんとコンサート会場前にて。

img078























img077








b719b136.jpg






























    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

このページのトップヘ