タグ:伝染病

ノ窓ワーカー春のイラスト3月タイトル文字20150301















皆様、こんにちは!

1年半前あたりから
目が痛くなり始め、
眼科へ通うようになった私ですが、
2011年に脚の骨を折り、
病院にも行かず、独学で
パソコンの使い方を覚え、
その時に目が悪くなるのを
防ごうと、ブルーライトカット
仕様の老眼鏡を眼鏡屋さんで
視力検査をしてもらってから購入、
11年間、何の疑問も持たず、
パソコンを見る時には必ず
その眼鏡をかけておりました。

最近、眼圧が下がらない事から
緑内障の初期ということが判り、
治療を始めた中で、どうも眼鏡が
合わないせいもあって、
眼痛が取れないのではないかと、
今、通っている眼科の先生に
尋ねたところ、その11年間も
使ってきた眼鏡を今度持って来て
検査してみるということになり、
今回のことが判った次第です。

今日、新しい眼鏡が出来上がり、
早速、このブログを書いています。

黒い字がこんなに黒いなんて…
カラーも鮮やかで字も見えやすい。

これで目の疲れや痛みが
半減してくれるといいな(*ノωノ)

とんでもない眼鏡と、11年間も
仲良くして来た為に、ダメージを
かなり受けてしまった大切な目。

眼鏡のせいばかりでなく、睡眠を
摂らな過ぎた私の体力への過信が
招いた眼病と伝染病に対する免疫不全。

大変な目に遭って、こうして初めて
改善する努力をしている自分に
呆れながらもエールを送るしかなく、
頑張っている中での嬉しい一日でした。

新しい眼鏡さん、こんにちは(^^♪👓

ちなみに、視力は裸眼で1,2と1,0。
以前は両目共1,5あったんですけどね。


本を読むウェーブヘアの女の子の方から上の斜め後姿
























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平和 赤い風船 NO MORE WAR


















皆様、今晩は。

とりあえず、私の人生は
少々波乱万丈と言っても、
日本という色々な意味で
恵まれた環境の国に生まれ、
戦後の高度成長期の中で
活気ある時代に支えられて
過ごして来られただけでも
幸運だったと言えるでしょう。

何よりも私には父がいて、
祖母がいて、友達がいて、
保育園や学校に通うことが出来、
幼少期に大切な愛情を注がれ、
中学生になるまでは、
それなりの幸せを感じながら
暮らすことが出来たのですから。

そんな中、突然、愛する父が
脳溢血で倒れ、そのまま急死。

それから私の人生は、一変し、
波乱万丈の私の人生の歴史が
始まって行ったのです。

その頃の私にとっては何もかもが
辛く哀しく耐えがたいことばかりで
泣かない日はありませんでしたが、
毎年の今日、終戦記念日を迎える度、
自分の運命というものに対して、
感謝出来る思いがあることを知り、
戦争の為に尊い命を奪われた多くの
被災者たちのお御霊に手を合わせる
今日まで生かされて来た私がいます。

兵士③ 夕暮れの山並み 右側から機関銃を構える












戦後77年の今年、まさかと思われる
ロシアのウクライナ軍事侵攻が勃発。

にわかに戦争というものが、身近に
感じられるようになって来た中で、
今年は特に「戦争体験者の証言」が
恐ろしく胸に突き刺さって来ます。

人間が人間でなくなる戦争の狂気を
二度と誰にも体験させてはならない。

死ぬ為に生まれて来たのではなく、
生きる為に生まれて来た命を
一日でも多く輝かせてあげたい。

戦争孤児や、戦争被災者の方々の
映像を毎年観る度に、ちっぽけな
自分の不運を嘆く気持ちがどこかに
追いやられ、この平和が続くよう、
祈りを捧げ、「手をつなごう」を
口ずさんでいる私がいるのです。





こうして何か災難が起こった時に
何よりも恐いのは人間の感情です。

的確な判断が出来なくなることの
恐ろしさは、災難そのものの
恐怖より恐ろしいということを
洗脳されてゆく人々の行動から
思い知らされるのですが、日頃、
「突然」というものに対しての
判断力を磨く自己訓練を行なう
努力をしておけば、多少は余裕を
持っての行動が出来る気がします。

誰にでもやって来る「突然」。

まさか私がコロナに罹るとは
と、誰もが思ったそうですが、
中には罹患することを想定して、
準備万端環境を整えていらした
知り合いの方がおられ、コロナに
感染されても、慌てず対処したと
お聞きし、私も見習わなくてはと
大いに反省した次第であります💧

雷・4・20140903
















「それ」は、伝染病や戦争の他、
台風や線状降水帯等の気象状況が
もたらす被害にも置き換えられ、
日夜、私たちは色々な敵と闘い、
生きている訳ですが、これだけは
忘れずにいたいものがあります。

助け合って生きること。

愛と夢と勇気と正しい判断力さえ
あれば、必ずきっとどんな困難も
乗り越えられるはずだと信じて
手をつないで頑張って行きましょう。

「それ」が突然にやって来ても。

ご先祖様、そして、戦争被災者の
方々のお御霊の安らかなるご成仏を
心からお祈り申し上げます。合掌。

FullSizeRender




























































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西瓜の中フルーツ20140623













皆様、こんにちは。

7月19日未明、突然発熱し、
全身の激痛に悶え苦しみながら
過ごしたコロナ初期、
これほど苦しいとは
予想だにしていなかったので、
健康センターや保健所、
病院へ連絡するも、
繋がらなかったり、
断られたりした時には、
このまま見捨てられ、
コロナで死ぬのではないかという
絶望に陥った私でした。

自分で自分を看病する気力が
私には残っていたのが幸いで、
叔父さんはずっと力なく
布団に横たわっているだけで、
治そうという努力もせず、
その分、私に負担がかかり、
それはそれは大変な2週間でした。

自分の熱と、叔父さんの熱を
下げる為、朦朧としつつも
1階と2階を行き来して、
氷水に浸したタオルを絞り、
オデコに載せて冷やすという
原始的な解熱方法ですが、
子供の頃、父や祖母が
それを1分毎に繰り返し、
一晩で熱を下げてくれたことを
思い出し、必死に続けましたが、
三日三晩、全く下がらず、
心配してマネージャーが
薬をいくつか持参してくれたのを
片っ端から飲み、
何とか解熱に至りました。

一般的には軽症でも、
既往症がある人たちにとっては
命にもかかわる程、
コロナ
が恐ろしいものだと
思い知らされたものの、
病院で診てもらうことも拒まれ、
検査も自分でするしかなく、
医療崩壊の現実をまざまざと
見せつけられた今回の体験でした。

恐らく私たちのような人は
他にも沢山いるでしょう。

私たちは何とか助かったから
良かったものの、
助かる命が失われて行った事実を
把握し、医療体制を根本から
見直さなくてはならない時が
来ているように思われます。

昨日、8月に入り、
罹患してから今日で丁度、
2週間となります。

だいぶ元に戻りつつありますが、
味覚障害はまだ残り、
頭痛や首や目の痛みなど、
鎮痛剤で誤魔化す毎日。

病気なんて縁のない私が
突然、病気になる訳ですから、
伝染病というのは恐ろしい💧…

ワクチン打っても、
1度、罹患しても、
また伝染るとのことですから、
コロナを馬鹿にせず、
用心して過ごしましょうね


海・わらぶきビーチパラソルとイス20140807






































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