開店祝いの花






















皆様、今晩は。

26年前の1995年3月20日㈪、
いつもお世話になっている
知人の部下の方のお母様が
新宿に和食の店をオープン
なさるということで、その
開店祝いに招待された私は、
サリン事件があったことも
知らずに、確か都営新宿線
で新宿へと向かい、その内
ただならぬ気配を感じつつ、
駅西口のタクシー乗り場に
着いたところ、長蛇の列で、
タクシーは1台もおらず、
救急車のサイレンの音が
鳴り響くだけで、公衆電話
の前にも沢山の人々が並び、
何か事件があったらしいと
察知してから、約2時間程、
タクシーを待って、やっと
開店祝いに駆けつけたのが
19時半を回った頃で、皆が
店に設置してあるテレビを
見ながら、テロだか何かが
あったらしい…と、話して
いたところへ鮮やかな紫の
洋服を着た私が登場すると、
おおーっ!…っと、一気に
場の空気が宴会の雰囲気に
変わって、いつものように
また盛り上がったのでした。

実はその時、倒れる寸前で、
タクシー乗り場で2時間も
立っていたものですから、
足はつり、腹痛はどんどん
痛みが激しくなり、それは
私にとって、サリン事件に
匹敵するような事件でした。

その3日後、病院に運ばれ、
翌日、緊急で手術をした私。

もし担当医が違っていたら、
少しでも手術が遅れたなら、
この26年という月日は幻と
なっていたことでしょう💧。

生かせてもらったことへの
感謝を忘れずに、オマケの
人生を頑張って生き抜いて
来た私が作った渾身の作品、
くさよならはまだよ>には
そんな私の生き様も描かれ、
同じように、色々な災難と
闘っている方々への応援の
気持ちも込められています。

昨年は、25年という節目に、
新型コロナウィルス騒動の
せいで、忘れられてしまい、
今年もあまり話題にならず、
風化されて行きそうな気配
を感じますが、あのような
惨い事件が繰り返されない
為にも私たちが語り継いで
行かなければならないこと
と、改めて思わされました。

26年前の今日、別の苦しみ
を味わいながらも、事件に
巻き込まれずに運よく命を
永らえることが出来た私の
忘れられない祈念の一日が
間も無く終わるところです。

春分の日だったんですね…

改めまして犠牲になられた
皆様のご冥福を心より祈り、
今もまだ後遺症に苦しんで
おられる皆様にお見舞いを
申し上げたいと思います💐

さよならはまだよ。


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