青空とコスモスSP①














皆様、こんにちは。

今月2日に、フジテレビさんで放映された「異常気象の真実SP」という番組で
「家の中で落雷に遭遇した体験を話した」という話題に明け暮れた9月前半でしたが、
同時に、その11年前の色々な出来事が思い出され、まさに人生そのものが、
<落雷期>であったかのような印象を、今、改めて受け、感慨に浸っております。

昨日、ご紹介させて頂きました《稲妻からのプロポーズ》というエッセーの次に
「東京新聞」さんの「さざ波」という小欄で書かせて頂いた祖母との介護の記事を、
明後日の敬老の日を前に、懐かしい思いで、今日はご紹介させて頂こうと思います。

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    【希望を栄養に】         2004.9.10.

「帰りはいつもの店で、刺身食べて帰ろう!」

点滴を打たれながら、揺れる救急車の中で、
高熱にうかされて叫び続ける祖母の声は、
医者から死を宣告された老人の声とはとても思えなかった。

ボイストレーナーも職業としている私は、
人の声を聞いただけでその人の今の状態を把握できる。

体調も精神状態も手に取るように分かるので、
占い師と間違えられることもある。

だから、高熱で歩けなくなっても、心不全、癌、その他
八種類以上に及ぶ病名が書かれたカルテを見せられ
「気の毒ですが…」と、医者たちに見放され、
人体実験の餌食にされそうになった時でも、
私は祖母のそのしっかりとした声に生命力を確信し、
必ずあの店で刺身を食べさせるんだと誓い、
病院に泊まり込んで仕事をしながら、懸命に介護を続けたのである。

一時間ごとに抱き起こし、おぶってトイレに連れて行く排泄作業は大変だが、
祖母の人間としての尊厳は最低限守られる。

無理な検査、過度の治療はすべて拒否し、
口からものが食べられるようになってからは祖母の好物を何でも与えた。 
私の責任のもとに。

今年九十歳になった祖母は、希望を栄養に、
人生というオリンピックで見事、金メダルを獲得した。

退院のその日、刺身御膳をおいしそうに食す祖母の笑顔が、
私にとっての金メダルであったことは言うまでもない。

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ちょうど、オリンピックがあった年でして、コンサートやイベントが
目白押しの時期に祖母が倒れ、毎日ほとんど徹夜状態の中、
危篤とまで言われた祖母を病院から家に生還させたあの誇らしさ・・・

改めて、この記事を読み、胸に熱い思いが込み上げてまいりました。

病院食だけでは、あまりにも少なすぎて、とても栄養がつきません。

他の患者さんたちが痩せ衰えて亡くなってゆくのとは反対に、
祖母は、どんどん回復し、奇跡とも思える復活を果たしたのです。

患者さんが寝静まった頃、看護師さんや先生の目を盗み、
祖母が食べたいと言った物を、こっそり食べさせ続けました。

もちろん、私も一緒に「美味しいね」と言って食べながら。

身体に悪かろうが、カップラーメンだの、寿司だの、お新香だの、団子だの、
美味しいと思えるものは何でも食べさせた結果、元気になったのです。

家族として、病人の健康を本気で思うとはどういうことか・・・

介護で、辛い毎日をお過ごしの方もいらっしゃるとは思いますが、
どうか、マニュアル的な介護から、病人本位の介護の在り方というものを
見つめ直し、家族としての責任を覚悟の上の、愛情溢れる介護を
して頂きたいと思います。 本当に大変なことではありますが・・・

さあ、明後日は「敬老の日」。 命を敬う「敬命の日」でもあります。

「老老介護」で苦労されている方も、愛情を注いで育ててくれた
あの日の父、母、祖父、祖母の姿を思い出し、恩返ししてあげてくださいませ。

親に頂いた命に感謝して、一日一生の思いで頑張りましょう!
お互いの「その日」が誇れるものでありますように。

コスモスと青空SP②に